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Published: Feb. 21, 2003
Updated: Mar. 31 2004
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 *遊園地再生事業団『トーキョー/不在/ハムレット』公演(二〇〇五年一月)と、
  それに先立つ「プレ公演」の大雑把なお知らせはこちら。 → CLICK

 長らく「富士日記」をご愛読ありがとうございました。しばらく休止しておりましたが、四月一日、ちょうど区切りがいいというわけで「富士日記」を終了し、いよいよ「不在日記」を開始しました。いろいろご心配をおかけしました。申し訳ありません。メールをくださった方々、繰り返すようですが、ほんとうにありがとうございました。『トーキョー/不在/ハムレット』の公演に向け、一年近い長い期間の、『不在日記』の登場です。
 では事の次第と詳細、そしてこれからの日々は「不在日記」でお読みください。



Mar.18 thurs.  「お休みの前に」

■午後、朝日新聞社で書籍編集をしているOさんと会った。文学の話などいろいろする。話をするのは楽しい。そんなわけで小説もあまり書けない。細部の直しばかりで前進しなかった。『トーキョー/不在/ハムレット』のお知らせのページのデザインの変更などをし、見やすいページにしようと鋭意努力中。チェックはお願いします。

(5:34 mar.19 2004)


Mar.17 wed.  「からだのこととか」

■出演者名も入れた新しい『トーキョー/不在/ハムレット』の告知はこちら。 → CLICK

■あまり眠れなかったのは、私事、それもひどく個人的なことで落ち込むことがあったからだ。眠れないまま、落ち込む出来事を忘れようと小説をこつこつ書く。
■僕の舞台によく出ている笠木の日記を読んだら、笠木たちが作っている演劇の集団(なのかな)、「オールツーステップスクール」のミーティングで笠木が大泣きしたらしいことはわかっても、なにがなにやらわからない文章があり、以前サイト作りのアドバイスを求められたとき、「まずは文章」とメールで送った。で、そうでありながらこのわけのわからなさに他者性がないと思え、オールツーのメンバーが読んでわかればいいのか、はじめてそのサイトを訪れた人はどう思うかといった点を注意するメールをおせっかいにも送った。
■まあ、たいてい「日記」は「わたくしごと」だが、こうしたサイトで公開するにあたっては最低限、はじめてここを訪れた人が理解できる書き方を心がけたいと思っている。補足するためのリンクがあったり、人が登場する際にはその人がどういった人物かわかるように書こうと考えるのは、僕がこのサイトで日記を書く目的のひとつとして「遊園地再生事業団」と私自身の広報活動、むかしだったら「情宣」という言葉で表現されたそうした意味があるからだ。

■午後、「新潮」のM君に書きかけの小説、『28』のコピーを渡した。
■いろいろ話したが笑ったのは、ある人、仮にXさんとしますが、Xさんが話していたという言葉で、そこに○○さんという編集者がいるとしよう。Xさんと○○さんは初対面。Xさんはクルマの免許を持っていなかったが、○○さんという編集者がそれを知ってまず言ったのが、「じゃあ、カーセックスしたことないの?」だ。Xさんは、この○○さんという編集者の距離感の取り方はなにか、初対面の人間にいったいなにを言いだしたんだと思ったという。ふつうそうした種類の話は、五回以上会ったあと、さらに深夜まで飲んだあとに、ふと出てくる言葉ではないかと思ったと言うが、じつは僕もその場にいて、同じことを考えていたのだった。笑ったなあ。Xさんの表現が面白かった。そして○○さんのすごさにあらためて驚かされるのだ。
■ほかにもいろいろ文学の話、仕事の話などし、M君からずいぶん励まされた。あまり、こう、なんていうんですか、編集者に限らず、人に頼ったりとか甘えるといったことをするのが苦手だが、こうして話してみるとほんとに救われる。煮詰まるからなあ。部屋でひとりで考えると煮詰まることが多い。M君に思い切って話してとてもよかった。

■ひどい睡眠不足の中、夕方から「テキスト・リーディング・ワークショップ」だ。クルマを運転するのが心配だったが無事に曙橋に到着。今月は「小説家による戯曲シリーズ」。太宰治の『冬の花火』と『春の枯葉』を読む。昭和二〇年代の作品。睡眠不足とはいえ、それでも作品について解説をし、読んだことで考えた僕なりの解釈をする。正直、戯曲としての処女作『冬の花火』はへただと思う。やたら長いせりふで状況を説明している。あるいは、夜ばいしてくる男の場面、同じ部屋に主人公の六歳の娘が眠っているが、かなりはげしいやりとりがあるのに、この六歳の子どもがいっこうに眼を覚まさないのが変だ。しかも津軽地方を舞台にしていながら東京の言葉で書かれているのがいよいよ不可解だ(『春の枯葉』も同様)。第二作にあたり『春の枯葉』はだいぶうまくなっている印象。だが、だからといって『冬の花火』がだめだという話にならないからこそ、表現はむつかしいのだな。
■はじめて『冬の花火』を読んだのは二〇代のころだと思うが、そのときは「うまい」とか「へた」など考えもせず(なにしろこっちも素人だったし)、ただそこにある太宰治が当時持っていたある種の暴力的表現欲に打たれた記憶がある。「誰にもうれしい報せなんか届きゃしない」というニヒリズムにも似た感情と絶望感には普遍性を感じた。それは今回読んでも同じように感じていたのだし、むしろ、いまだからこそ、そうなのではないか。
■こういった時代の「身体」はどうあるべきかについてもいろいろ考える。ワークショップを終えて帰る道すがら、いろいろな思いが駆けめぐる。スペインで大規模なテロ。14歳だったあの少年は外に出てきた。自衛隊はいまどうしているだろう。心中というスキャンダラスな面で語られがちな太宰治は文学とどう闘っていたか。『トーキョー/不在/ハムレット』の小説版ももちろん大事だが、舞台のことをやっぱり考えてしまう。いまの「からだ」について考える。どう考えればいいのか悩むのだ。様々な「身体論」から学ぶことはまだ数多くある。

(10:07 mar.18 2004)


Mar.16 tue.  「小説のことばかり考えている」ver.2

■思うところがあって「小説ノート」のページを削除した。続けていけないのがまずだめだ。もっときちんとした状態、というより、小説を書くほうが先決だし、ノートを書くなら小説のためにしっかり持続しないと意味がない。それで削除することに決めた。

■ほぼ一日、小説を書いていた。『トーキョー/不在/ハムレット』の小説版だ。あまり進まないのは、冒頭部分の描写が気に入らないのでそれを直す作業に手こずっていたからだ。
■ミステリー小説の、最初に死体を発見する人物の描写が僕はとても好きだ。っていきなり何を言い出すかと思うかもしれないが、ミステリー小説の魅力はそこにすべてあると思ってすらいる。謎を解きはじめるとどうでもよくなることもあり、で、『トーキョー/不在/ハムレット』小説版は、冒頭である人物が死体を発見し、ミステリー小説のあれのようなものを、うまく書けないかと思って何度も書き直していたのだ。「第一発見者」はその後ストーリーから消え、ただの「第一発見者」として扱われるが、もしかしたら、それだけで小説ができるのじゃないかと思う。第一発見者の人生が語られ、その状況が語られ、ごく短い「死体発見」というドラマがある。つまり、『第一発見者十人』という小説はどうだ。十個の「死体発見」だけの小説で、事件がどうなるか、謎は解決されるか、探偵も、刑事も、警察も、一切、関係のない小説。
■そんなふうに小説のことばかり考えている。あした「新潮」のM君に書きかけの『28』を読んでもらうので、あらためてその原稿に目を通していた。なんとか完成させたい。届いた文芸誌を読むと、たくさんの作家がいて様々な小説がある。書くだけでも偉いとしか言いようがないものの、まあ、感想はいろいろ。
en-taxiに書いた『これが墓だ。そしてこれが墓を塞ぐ石。』をあらためて考えると、笑えるもののはずだが、まあ、笑いとはそうしたものでありながらも読む人によっては怒りますね、これは。うーん、なんかおかしな人につきまとわれなければいいが。

■スガ秀実さんの『革命的な、あまりに革命的な』を読んだことはずいぶん前に書いたが、そこで強調される「六八年革命」に喚起されるものは少なからずあった。一九六八年に刺激され、オウムが地下鉄にサリンをまいた一九九五年にある出来事があり、そしてニューヨークのテロに象徴される二〇〇一年はまた特別な年になった。その時間を通底するなにかを「ルシ」という人物を通じて神話性の高い物語にしたい。だからその「なにか」が何かだ。朧気ながらそれは浮かんでいるものの、まだはっきり形にならない。で、考えてみると、「群像」に書いた『レパード』のように、「ルシ」を登場させる短篇小説をもっと書いてゆく方法もあるのではないか。あれは「夢」なのだが、百間(ほんとは門構えに月)のようにそうして夢を短い作品にして書きつづければ、またべつの「ルシ」の物語が生まれるかもしれない。
■そういえば、ずっと書かずにいたことだが、かなり過去のワークショップに来ていた人からよくメールをもらい、たいてい彼女が「死にたい」と思うときそれは届く。で、「とにかく死ぬな」としか返事のしようがないのだが、しばらくしてメールが来ると、まだ生きていたのだなとほっとするものの、そのメールがやはり「死にたい」とかなり切迫感のある内容なのだ。この不条理をどう考えればいいのだろう。
■そんなことを考えつつ、また小説を書く。

(5:42 mar.17 2004)


Mar.15 mon.  「ぼんやりした休息」

■一段落ついた。
■リーディング公演が終わり、
en-taxiの小説のゲラも整理し、ニブロールとひとまずの打ち合わせ。きょうは「一冊の本」と「東京人」の原稿も書き上げた。次は、『トーキョー/不在/ハムレット』小説版だ。小説版のタイトルを、そのままにするか、小説ということで『オラトリオ』にしようか悩む。それがすんだら「新潮」のM君に『28』を渡し、さらに「群像」には先に書いた短篇に登場する「ルシ」に関する念願の長編小説だ。今年は書く。とことん書く年にする。
■午後、「新潮」のM君と電話。小説の話などする。『28』を途中まで読んでもらうと約束した。そのときM君の話によれば新潮社内で大幅な人事異動があり、「新潮」編集部ではM君がいちばんの古株になったとのこと。「新潮」に小説を書くと話し出してからずいぶんになり、M君が来たのはつい最近だった気がしていたので、それでも古株になったということはですよ、ちょっとどうかと思うほど待ってもらっていることになる。申し訳ない。しかも今年は「新潮」が創刊百周年だとのこと。百年もやっていたのか。チェーホフも今年が没後百年。だからこそ、『28』の発表のしがいがあるというものだ。それを待っていたのだ、その百年を、俺は。いま考えたことだけど。

笠木の日記を読んだら、サイト作りに関連して「友人から入手した
Goliveで新しく作り直そう」と堂々と書いてあったので、「お、おい、それは書かないほうが」と、どきどきしてしまったのだが、まあ、「入手」を「買った」ということに解釈すればいいかと思いなおしたものの、「個人間での譲渡」をアドビがどういう契約にしているか忘れた。もちろん「コピー」は違法だが、しかし高いからねソフトは。アドビのあこぎなヴァージョンアップ商法はほんとに腹が立つし。というわけで私は、四月、大学がはじまったら個人研究費で、Final Cut Proと、アドビのソフトをすべてヴァージョンアップしようと思う。「個人研究費」。なんという甘美な言葉だろう。手続きが面倒だけど。そして、『牛への道』文庫版が増刷になったと新潮社のN君から連絡があったのだった。「増刷」。「印税」。なにもしなくても入ってくるお金。なんという流麗な響きの言葉だろう。
■しかし、なんだなあ、ものの「価値」「価格」をどう考えていいか。これは困難な問いだ。かなりむかし、ある劇団からフライヤーになにか原稿を書いてほしいと頼まれたが、そのメールに堂々と、「原稿料はありません」とあった。なぜなのか不思議な気持ちになった。「原稿料」はしばしばそういうことが発生するが、それというのも、「書きたい者」がいて、「表現させてもらえる場所」があることは幸いだという構造がある。
■だから、「文芸誌」や「ユリイカ」の原稿について原稿料に関してなにも考えたことがなく、むしろ書かせてもらえることに感謝すらしている。金を払ってでも書きたいときがある。ところがそのフライヤーの場合、先方の宣伝に俺は利用されるのかよという気がした。そこにきて「原稿料はありません」だ。その劇団はフライヤーを印刷するのに印刷所に対して、「印刷費はありません」と宣言するのだろうか。「書きたい欲望」はあっても、「印刷したい欲望」はあまり聞いたことがない。でも、いい仕事ができる場所に関してはそれをすることで自分が成長できると考え(たとえばいまなら「チェーホフを読む」だけど)、あまり経済性を考えてこなかった。目先のお金よりもっとべつの価値観と書けばきれいごとすぎるが、でも、楽しいからそれをする仕事は、それだけでいい。楽しくないのはいやだよ。若いときは勉強になると思えば経済性など考えずに仕事していた。だって学校にゆくなら学費を払わなくちゃならないところを、ただで勉強させてくれるんだからこんなにいいことはない。

■そんなわけで一段落ついたら少しぼんやりした日である。家を一歩も出なかった。なんか疲れたのだ。三坂の日記を読んで驚いたのは(あとでメールでも知ったが)、『雌鶏の中のナイフ』を観に来ていたと知ったからだ。知らなかった。そのあとたしか自分も舞台をやっているはずだ。少なく見積もっても三坂は五人いる。

(4:01 mar.16 2004)


Mar.14 sun.  「ニブロールとコラボレーション」

■本サイトのトップページがいまだに「謹賀新年」なのはいかがなものかという意見をメールでいただいた。まったくです。ようやくリーディング公演も終わり一息ついたので「PAPERS」も少し更新。もっといきなりなことを作りたいが時間がないのでこれまでの内容を踏襲。というか、ほんのわずか手を入れただけのもの。なにか根本的に変えたいが情熱がないのだ。
■とはいうものの、いまやネットの影響力はあなどれない力になっている。それをあらためて感じたのは土曜日に公演のあった『雌鶏の中のナイフ』がかなりお客さんが入ってくれた(通常の世田谷パブリックシアターが主催するリーディングの中では)からで、ここでしつこいほど書いたせいではないかと思ったのだった。さりげないしつこさだ。宣伝してますとわからない程度に、何気なく『雌鶏の中のナイフ』についてその稽古のことなど書く。とはいっても、「動員」がすべてではなく、かといって「動員」はあなどれない(だって経済的にも公演自体が成り立たないし)のだが、それはひとまず横に置いておき、演出について、作品の完成度についていろいろ考えるところはあるのだ。いい戯曲、いい翻訳、いい俳優たちと仕事ができて幸福だが、演出の僕はしっかりしていたかどうか。あ、そういえば、『雌鶏の中のナイフ』の翻訳をしてくれた谷岡さんからメールがあり、驚くべきことに僕の舞台は二十年近く前の『スチャダラ』から観ていたという。たまげた。ありがたい話であったのだ。
■で、さらに演出について考える。いろいろな要素があって一概に言えないものの、自分が書いた戯曲がよくわかるのは当然にしても、他人が書いたものをどう理解するか、読解するかということがまず出発ではないかと、「演出家」としては考える。俺はかなり読み落とすのだ。俳優が動いてはじめてわかることがあったり、今回の『雌鶏の中のナイフ』も途中で気がついたことがかなりあった。戯曲を読んで演出プランをたてるということがまずない。やってみないとわからないことだらけだ。べつにメソッドを作ろうという気はないが、それでもやはり演出するにあたってきちんとした「演劇観」「演劇論」を用意しておかなくては稽古場は動かない。考えることは数多くあって学ぶことも多い。たとえば、チェーホフなど、演出してみようかとふと思う。

■夜、矢内原美邦さんはじめニブロールのメンバーと打ち合わせ。東横線・学芸大学駅にあるニブロールの事務所へ行く。ダンス、衣装、映像など、ニブロールとのコラボレーションについて。はっきりさせておかなくてはいけないことなど、きちんと話し合う。とてもいい感じで仕事ができそうだ。それにしても、矢内原さんの弟で衣装を作っている充志君はすごく面白い。なんでしょう、この人の感じは。充志君は忘れ物が多いという。一度、外国の列車のなかに借りもののギターを忘れた。かばんとギターだけ持っており、つまり両手でそれを運んでいたから普通どちらかの手になにも持ってなければ、その時点で気がつくはずだが、見事に忘れた。そのときほかのメンバーとちがう車両に乗ったので、駅のホームに降りたとき誰もそばにいなかった。遠くに矢内原さんらがいる。充志君はあろうことか、空いたほうの手を振っていたという。列車は走り出した。世界の車窓から。ギターは旅を続ける。
■もちろんスケジュールはかなりタイトで、プレ公演はほとんど関わることができないが、本公演でのコラボレーションの実現だ。ぜったい面白くなる。
■あと、全然関係ないけど、ニブロールの事務所の近くにあるコインパークにクルマを駐車したが、すごく狭くて、クルマをすってまた傷ができてしまった。どんどん傷だらけになってゆくVWゴルフA2である。イメージとしては、ハードボイルド小説の探偵が乗っているオンボロ車という感じを持っているので、多少の傷はいいが、クルマがかわいそうだ。とことん乗り続けたいのだこのゴルフを。よく走ってくれるし。

■そういえば、「骨伝導」の携帯電話について教えてくれたメールもいくつかいただいた。ありがとう。『トーキョー/不在/ハムレット』の小説版を執筆中。やけに気分が盛り上がる。四月から大学が……。いまやる気が……。ぜんぜん……。『28』など書きたい小説ががまだいくらでもある。戯曲も。「新潮」のM君から留守電が何度も入っていて申し訳なかった。単行本もほんとは何冊か出さなくちゃいけないのだし、そうだ、新潮社のPR誌「波」にも連載をという話があったのに、手をつけていなかった。不義理ばかりである。とにかく原稿を書く。

(11:07 mar.15 2004)


Mar.13 sat.  「リーディング公演当日」

■長い一日だった。朝、八時ごろ起床。ひとまず書いておかなければならない原稿は終えていたので晴れ晴れとした気分で世田谷パブリックシアター/トラムに向かうことができる。風呂など入ったあと自宅を出た。
■11時半ごろ到着。やるべきことはほぼやったのと、出演者の一人、下総君の入り時間がべつの舞台の稽古があって開演の三〇分前だというので、小田さん、宮本さん、熊谷君の三人には個別でアップをしてもらい、これといってどこか抜きで稽古ということはしなかった。むしろこれまで稽古中など普通に会話することがほとんどなかったので、芝居の基礎トレーニングの話などしていた。宮本さんは日芸で演劇を学びはじめ、その後、ひょんなきっかけでミュージカルに出たそうだ。小田さんは早稲田小劇場、熊谷はパパタラフマラ。そのなかでいちばん演劇と遠いところにいたのが私だ。だから基礎トレーニングについてきちんと考えたことがない。
■で13時半、開場。きのうも公演があった今回のリーディングシリーズだが、舞台は直接観ていないものの、稽古場の近くにある楽屋付近の客席が見えるモニターで確認するとあんまり席が埋まっていなかったので、きょうもほとんど期待していなかった。開演の直前に客席に行って気がつくと、ほとんどの席が埋まり、いちばん最後列に補助席さえ出していた。それだけでなにか充実感があって、もうほとんど僕の仕事は終わっていたのだった。というか、開演したら演出家の仕事はもうない。14時開演。舞台上には照明で照らされる正方形の演技空間が三つあり、場面ごとにそれをつけたり消したりする。小田さんがそれに混乱している。それもそれで面白かった。スリリングである。俳優の四人に感謝した。もちろん、パブリックの制作の方をはじめ、スタッフの方たちがいい舞台を作ろうと熱心だからできたこと。

■あらためて思ったのはいい戯曲に出会えたことだ。興味深い内容。というかドラマとしてきっちりしている。劇の骨格というか、構造、ドラマツルギーは、オーソドックスでありながらもやはり新しい世代の戯曲だと感じる。十七世紀後半から十八世紀前半のスコットランドが舞台になっているということだが、かといって歴史劇ではなく、様々なテーマがメタフォリックにこめられている。いろいろ学ぶことが多かった。僕もいい戯曲を書こうと意欲がわく。
■無事、公演終了。で、それからが僕にとっては長かったよ。アフタートークがあり、さらにそれに続いて、スコットランドにある今回の『雌鶏の中のナイフ』を上演し、また劇作家も育てているトラヴァース・シアターの方たちとのシンポジュウムがあった。
■舞台は1時間15分程度で終わったが、結局、俳優より僕のほうが舞台にいる時間が長かった。作家のデヴィッド・ハロワーとのアフタートークはまとまりがよかったが、シンポジュウムは、話している途中で僕が気になってしかたがなかったのは、聴いている人たちにとって、これはいま何を話題にしているのかわからないのじゃないかということで、司会をしているパブリックシアターの方が、自分が知っていることを前提に話をはじめ、親切な解説、きょうのシンポジュウムはどういった内容が話されるか、何が問題になっているかなど説明もないまま、いきなりトラヴァース・シアターの活動の話からはじまる。たとえば劇作家との「コミッション」についての話題になったが、「コミッション」の本来の言葉の意味はわかるとしてもではそれが具体的にどう為され、それはどういった契約であり、「コミッション」をどういう意味でいま使っているかなど説明がないので、話がよく見えてこないといったことを舞台上から観客の空気を感じ取れないのか気になって仕方がなかった。つまり「行政」の言葉で話している印象だ。やり方ってものがあるだろう。だいたい、シンポジウムのときの並び方がまず不親切で、僕がわりと央におり、もう一人のスコットランドの劇作家の方が通訳の人から遠い。通訳の声が聞こえないのか言葉を聞こうとしきりに通訳のほうに目をやっている。途中で気になったので席をかわる。なんで俺がそんなことをずっと気にしていなくちゃならないんだ。通訳も通訳で、マイクを使わない。マイクを使ってと小声で伝えるが、かたくなにマイクを使わない。どういうことだ。俺が司会をやればよかった。アフタートークとシンポジュウムを残って聴いた人はもう作品のことなど忘れてしまっているのではないかと、不安でならなかった。

■いろいろな人が見に来てくれたが、挨拶ができなかった方たちも大勢いて申し訳ない。終わって打ち上げ。ほとんど下総君と話していた。というか、正直、そのころ僕はもうへとへとに疲れ切って打ち上げは遠慮しようとすら思っていたのだ。でもいい仕事ができてよかった。たくさんの人が劇場に足を運んでくれてうれしかった。ありがとうございました。もうワンステージやれたらよかったとは思うものの、まあ、しょうがない。

(10:20 mar.14 2004)


Mar.12 fri.  「雌鶏の中のナイフ」

■13日(土)午後二時から開演する『雌鶏の中のナイフ』の稽古が夕方からある。それまでにたっぷり眠っておこうと思ったが、『帝都東京・隠された地下網の謎』の新しく出版されるムック版のための原稿をはじめいくつかの仕事を午前中に仕上げる。思いのほか早くできた。というわけでなにごとも集中力だ。毎日、ひとつは原稿を書いているような気がする。夕方まで少しの睡眠。
■稽古。ほぼもう完成しているが、完成ってのは演劇の場合、よくわからない。直そうと思えばもっと直すことができるし、やり方は幾通りもあって、こうもできる、こうもできると方法を変えれば永遠に完成はないのだった。でも、最善を尽くす。抜きでいくつかの場面をやって確認。それから通し。通しが終わってダメ出しの途中、作者のスコットランド人、デイヴィッド・ハロワーが稽古場に来ていたが、終わるまで気がつかなかった。挨拶。スコットランド人気質ってのはどうなんだろう。ただ、ハロワー自身もサッカーがかなり好きらしい。
■外国の(もちろん様々な国の)現代戯曲をリーディングする試みはもっとしたいと思った。いま世界中の劇作家は、そして演劇に携わっている人間はなにを考えているか戯曲のリーディングを通じて理解したい。演出は戯曲の熟読。

■画数の多い漢字シリーズ(最終回)。
■「齎す」
■これがコンピュータで出てくるとは思わなかった。といっても辞書の中から探して登録したのだが。阿部和重君の『ニッポニアニッポン』から頻繁に出てくるようになった文字で、「もたらす」と読む。何度漢和辞典を引いても覚えられなかった。『シンセミア』でもしばしば書かれそのたびに漢和辞典を引いた。漢和辞典では「斉の部」にあって、そのなかに「貝」の字が入っているという原理に気がついてから読み方を覚えた。漢字はうまい仕組みで作られている。「貝」は貨幣をあらわし、そのことから「富(財)をもたらす」と認識して読めるようになった。「辞書」はなんでも面白いが、「漢和辞典」もひどく興味深く、こんな字があるのかよと、しばしば思うがなかにはその字を見るだけでひどく怖い思いにさせられる文字がある。「漢字」はたいへんグラフィカルだが、それは「地図」に通じるものを感じさせ「狂にして聖なるもの」がここにもある。だから面白い。『大漢和辞典』がほしいとつづくづく思う。

■また竹中直人と仕事のことで電話で話す。そのときクルマの話題になった。竹中も最近、免許を取ったことは週刊誌の見出しかなにかで知ったのだった。ベンツに乗っているという。ばかやろう。まさか、竹中と僕がクルマの話をする時代が来るとは思わなかった。想像もできない事態だ。かつて話すことと言えば映画や演劇のことばかりだったので、いったいなにごとが起こっているのかと思う。リーディング公演『雌鶏の中のナイフ』が終われば次は小説。戯曲。来週、「新潮」のM君に会って『28』という長編小説の途中まで読んでもらうことにした。そして、『トーキョー/不在/ハムレット』を完成させ、それをもとに戯曲を書こう。そのリーディングは五月。『トーキョー/不在/ハムレット』の出演者はほぼ決定。近々、発表。本公演は二〇〇五年一月だが、それまでにプレ公演がいくつかあるので足を運んでいただきたい。
■『トーキョー/不在/ハムレット』の小説版は、「文學界」のOさんに読んでもらおうかと思っている。約束を守ることにもなる。「
en-taxi」には、『これが墓だ。そしてこれが墓を塞ぐ石。』のような小説をどんどん書かせてもらえたらうれしい。といったわけで、仕事はさらに続く。

(8:51 mar.13 2004)


Mar.11 thurs.  「地震と、稽古やその他」

■『公認「地震予知」を疑う』(島村英紀/柏書房)の書評を書いたその日の地震はひどく怖かった。しかも、べつにその時間(午前11時半)、私は起きているつもりはなかったのだ。朝、早い時間に原稿を書き終えてメールで送り一度は眠ったが、枕元に置いてあった電話で起こされた。「コミネですが、ワタナベさんですか」と女は言った。「ちがいます」。ちくしょう、起こされた。まだ三時間も眠ってねえよ。夕方から、何度も書くようだが三月十三日(午後二時から一回公演・アフタートークあり)、世田谷パブリックシアター/シアタートラムで公演される『雌鶏の中のナイフ』の稽古がある。それまで六時間は眠れると思っていたが、いったんコミネに起こされ、眠れなくなった。そこへ地震だ。コミネのやつめ。
■書評の中身というか、その本について詳しく書くのは、まだ新聞に書評が出ていないのであえて避けるが、なにしろねえ、地震の研究者によって地震はまったく予知が不可能だと教えられ、そこでもって、「揺れ」が来たのだからひどく恐ろしい。いつ阪神淡路大震災クラスの地震が来てもおかしくはないのだ。あらためて午後、眠る。短い睡眠時間。
■夕方から稽古。トラムの舞台を使って照明などのチェックと、通し稽古。というのも、まだ二日前だが、金曜日の夜は、ほかのリーディングの本番があるのできょうしか舞台が空いていないからだ。装置はなく、僕としては珍しく照明だけを使ったシンプルな舞台だ。背景のホリに色を入れるという珍しいことをした。というか、なにか試みをしてみたかったのだ。照明について僕はあまりに無自覚だからだ。あと「地明かり」というものを使わないでどこまで表現できるかの実験。やってみたら意外に面白い。俳優たちもだいぶせりふが消化されてきた。というか、もともとうまい人たちなのでなんの不安もない。だから、演出家としては、まだ解釈の方法と、それを俳優の身体だけで表現する方法があるのじゃないかと、悩むのだ。とにかく、見に来てほしい。

■10日(水曜日)は夜、「テキスト・リーディング・ワークショップ」だった。今週は三島由紀夫の『サド侯爵夫人』を読む。三島由紀夫によるサド論であった。つくづく文学とは反社会的なものだと思う。というか反社会性がなかったら、なんのための文学かと三島は本作品のなかで語り続けているようだ。そして言葉はどこまでも流麗である。「言葉の美しさ」を最後まで信じていた人としての三島を感じる。その後の劇は、それはもうわかったという醒めた姿勢で、あえて「言葉の美しさ」に抗って、それはたとえば、平田オリザの「口語演劇」になる。まあ、いまでも「劇言語の美しさ」を信じている無自覚な作家はきっといるだろうが、三島は、あえて「美」にこだわった。唐十郎が、反近代的に、過去のこの国の「美」によって新しい演劇の空間を出現させたのとは異なる意味で、三島は「美」を意識し、信じ、それをまっとうするように死んでいった。戯曲『サド侯爵夫人』はどこまでも美しい。流麗である。華美な言葉によって劇世界が構築される。それを信じることのできた三島はまた、幸福な人でもあった。
■反社会性ということでいえば、「
en-taxi」のために書いた短篇小説『これが墓だ。そしてこれが墓を塞ぐ石。』はそれに少々、近づけたかなと思うのは、なにしろ、変質者しか登場しないからだ。どうか読んでいただきたい。改行は少なく、センテンスは長い。あきれたものを書いてしまいましたよわたしは。
■関係ないけど、しばしばここに書いたが「眠るための薬」を飲んだあとにこのノートを書きでたらめな文章になっていることがよくあった。辛うじてアップしなかったのがせめてもの救いだが、ときどき、「眠るための薬」を飲んだあとでメールを書くことがあり、つい送ってしまったら、「思う」が、「覆う」と書かれている部分などあり、ほかにも誤字脱字があって、ひどい有様だ。失敗した。まあ、でたらめな文章、「でっちゃらが、ほんげってるぽんで、ひぎゃちゃは、ふんぎるほが」といたことを書かなかっただけでも幸いであった。メールは、このノートより危険である。とんでもないことになるところだった。

■時間が少ない。やることがまだいろいろある。このノートも滞りがち。ここがロドスだ、さあ飛んで見ろ。いや、たいして意味はないが。

(11:50 mar.12 2004)


Mar.9 tue.  「北川辺町のニュース」

■テレビをつけるといきなり昼のNHKニュースの途中、報道されていたのは「埼玉県北川辺町」の話だった。町長が選挙の時、議員五人だかに三千円のビール券を渡したという切ないほどこぢんまりとした事件。なぜこれがNHKの全国版ニュースで放送されるか奇妙だし、新聞を読んでも(その日の夕刊も)載っていない程度の事件で、俺にしか見えないニュースってことはないか、俺はいままだ眠りのなかにあるのか、北川辺町にとりつかれたかと不可解な気分になる。映像で北川辺町の役場前が紹介されていた。見覚えがある。このあいだ行ったときに町を紹介するパンフレットをもらった場所だ。その後気になって調べたら、「WEB埼玉」にそのニュースはたしかに掲載されていた。その背景に、北川辺町、栗橋町、大利根町の合併問題が絡んでいる。
■まあ、なんにも考えずに見ていたら、また、こんなことがあったかぐらいで流していたにちがいないが、北川辺町に注目していたからこそ、意識に引っかかったのだろう。人の認識する力はそのようにかなりいいかげんにできている。そんなことを考えながら午後、仕事に関するメールをいくつか書く。ニブロールの矢内原さんにも近々あってなにか打ち合わせのようなことができないか、まあ、打ち合わせというよりゆっくり話をし、コンセンサスっていうんでしょうか、ニブロールと共同作業するにあたって、できること、できないことの確認がしたいと思ってその旨、連絡を取る。
■そういえば、小浜からメールがあり、結婚式への参加の郵便は届いているかとのことだったが、郵便は受け取ったものの、なかに「当日、スピーチを」というメモが入っており、すると小浜との出会いのような話をすることになるとしたら、僕に話せるのは「いかにして、泥棒は更正したか」という話になってしまい、それを親戚の方々の前で口にするのはいかがなものかと思って返事が遅れていたのだった。

■夜、『雌鶏の中のナイフ』の稽古。六時からはじまって十一時に終了。だいぶ形は成立したが、もっとよくなると思える。宮本裕子さんと仕事をするのははじめてだが、声を聞いているうち誰かに似ていると思い考えていたが、やはり女優の、秋山奈津子さんだと気がついた。透明感のある声。いろいろな声がある。笠木の声とか、すごく独特だし、めったにない種類の声なので大事にすべきで、酒飲み過ぎて荒らさぬようにと心配になるのは、ときどき風邪をひいているときやけに嗄れ、どこのスナックのママが出て来ちゃったのかと思うときがあるからだ。声は人のなにを反映しているのだろう。もちろん骨格が声に影響するフィジカルな面は大きいが、それだけではないと考える。その人のいろいろなものが声に反映するにちがいない。
■稽古から戻ったところに、竹中直人から電話。仕事について。近々、会おうという話になった。竹中に会うのも、一年にいっぺんあるかないか。そうそう、さっき秋山さんのことを書いたが、もう三年近く前、京都の大学で発表公演をやった直後にやはり竹中に会ったが、いますぐ会おうというので大学の前で待っていたらドラマで共演中という秋山さんもいたのだった。それで、なぜか発表公演の打ち上げに、竹中、ユースケ・サンタマリア、秋山さん、西田らが、学生らと同席するという、奇妙なことがあった夏だ。おかしかったなあ。なぜ、この人たちはここにいるのか不思議でならなかった。ユースケさんはいい人だった(僕のエッセイの愛読者というところが泣かせる)。最近、体調が悪いとのことで陰ながら心配してもいるのだった。
■竹中と仕事ができるのはうれしいが、今年は忙しいので、きちんとできるかどうかが不安だ。そしてやるべきことはいろいろあるし、自分のことを考えれば、しっかり戯曲を書くこと、小説を書くことが最も重要な課題。

■まったく関係がないが、携帯電話を新しい機種にしてから、携帯に妙なメールが来るようになった。それまでまったくなかったのになにやらH系の宣伝メールがあり、これ機種変更のときアドレスが漏れたとしか考えられないではないか。機種変更して結局、字が大きく、読みやすくなったことだけが利点だった気がし、まあ、それは大きいものの、ほかにこれといって劇的な変化はなかった。付属するカメラもすぐに飽きた。ゲームはやらない。着信音も普通のままだ。ただ、「骨伝導」の携帯電話を一度ぐらいは使ってみたい。誰か持ってないかな。一度だけでいいから経験してみたい。

(15:52 mar.10 2004)


Mar.8 mon.  「リーディング公演の稽古」

■七日からリーディング公演『雌鶏の中のナイフ』(3月13日14時一回公演)の稽古がはじまった。その日、朝から完成した小説を推敲していたが、さらに『群像』に掲載された青山さんの小説を興味深く読んだ。『ユリイカ』や、『Helpless』とは異なり、「私」が語り手の短編小説は、「実」のようでいて、「虚」でもあり、いやしかし、「実」なのだろうかと読んでいると危うい場所に立たされるような感触がある。『ユリイカ』文庫版の解説で金井美恵子さんがある部分を引用してそれが「批評的すぎるのではないか」と書いていたけれど、僕には、そこに青山さんの魅力を感じそれは人に対する見事な洞察力に思える。以前会ったとき、ある映画について解釈した話を聞かせてもらったが、その批評が見事なので驚いた。そうした洞察の鋭さだ。
■そうしているうち、きょうはこれで一日が終わると夕方まで考えていたが、ふと気がついて『雌鶏の中のナイフ』の稽古があるのを思い出した。あぶなかった。行くのを忘れるところだった。休みがないよ。夜、また三軒茶屋へ。国道246号を走って三軒茶屋へ行くコースにももう飽きてきた。違反しないようにと細心の注意を払う。どこでどんなわなが待っているかわからないからな。稽古には、小田豊さん、宮本裕子さん、下総源太朗君、ト書きを読んでくれる熊谷君の俳優四人、翻訳の谷岡さんほか、製作の方、スタッフの方たちが集まった。戯曲の読み合わせ。読み合わせているうち、何度か読んでいる僕も初めて気がつくことがいくつかあった。というか、俳優が動いて初めてわかること。稽古は戯曲の熟読である。まあ、本日は戯曲の確認と、俳優それぞれの顔合わせ程度になり、あしたから本格的な稽古になる。戯曲の面白さをきちんと伝えられればいい。
■でもって、八日、稽古二日目だが、朝から『青空の方法』(朝日文庫)のゲラを直す仕事、それから「
en-taxi」の短篇を完成させてメールで送る。午後から三軒茶屋に。『雌鶏の中のナイフ』の稽古。動きを決める。それから戯曲の理解についていろいろ話をし、議論する時間の多い稽古である。一カ所、僕もまちがえて読んでいた部分があり、これをどう演出したらうまく観客に伝わるかむつかしいと思い、人の戯曲を演出するのにあたり変に演出するのはいやなのだが、なにか工夫しないとこれはだめだ。演出家が前に出てこないよう(恥ずかしいので)、どうこっそり隠れつつ(あたかも演出家がいないように)、うまくやるかを考える。俳優がしっかり見え、戯曲の言葉がきちんと伝わればいいのである。

■もう三月だ。っていまさら言うまでもないが、で、四月以降、大学がはじまってからどういうふうにスケジュールをやりくりするか考えるにあたり、このノートはたいへん役に立ち、去年はどうしていたかをすぐ調べることができる。で、一年前くらいのノートを読み返すと鈴木理策さんの写真集『KUMANO』に感動し、さらに中沢新一さんの語る「神話的思考」のことばかり考えていたらしい。わりと時間があったようだ。今年は忙しい。で、さらに先を読むと六月の半ば、ぱたりとノートが止まる。七月の授業における「舞台発表公演」で忙しくなったのだろうか。あまり記憶にない。去年の六月。単にノートを書くのが面倒になっていたか。また、発表公演を今年もやるのか。地獄の七月がはじまり、公演があり、そして京都の祇園祭は楽しいという夏。祇園祭にあわせて公演を今年もやることにしよう。それが大学での僕の最後の仕事になる。
■『青空の方法』(朝日文庫)の直したゲラを朝日新聞社のOさんが稽古場まで取りに来てくれた。迷惑ばかりかけている。そういえば、新聞の広告で『オフィーリア』(ジェレミー・トラフォード・白水社)という小説のことを知り読もうと思っていたところ、白水社のW君が送ってくれた。ありがたい。「新潮」のM君からメール。小説のこと。夜、「
en-taxi」のTさんと電話する。メールで送った小説の感想を聞く。笑ったとのこと。なによりである。

(11:16 mar.9 2004)


Mar.6 sat.  「これが墓だ。そしてこれが墓を塞ぐ石。」

■で、きのう、やる気を失ってすぐに、前から小説にしようと思っていた話を書きはじめたら、いつのまにか二十八枚になっていた。「en-taxi」のTさんに電話し、『トーキョー/不在/ハムレット』小説版ではなく、この小説、『これが墓だ。そしてこれが墓を塞ぐ石。』を掲載してもらうよう頼んだ。そのときTさんはレッカー移動にひどく同情してくれとても救われた。それにしても、直後のショックだったので地下のことがもう思い出せない。思い出すことと言えば、地下深くあった穴から出てくるとき、普通のビルにすると八階分ぐらいの高さの階段を登るのにひどく息が切れたことだ。
■少し冷静になってからレッカー移動のことを考えると、あの状態に陥った「違反者」はひどく奇妙で、かなり遠い位置からそれを見、あれっと一瞬、感じるのである。自分のクルマがないのではないかという、いやな予感がし、少し歩いてその予感が徐々に現実のものとなってゆく。そして、まさにその場所にやってくると、あきらかにクルマがないのだった。この茫然とした気分はなんだろう。舗装された道路にチョークで文字が書かれており、見れば、原宿警察署の電話番号だ。考えてみれば原宿警察署にとても近い。すぐに電話して警察の窓口に行くと、駐車違反の罰金に加え、レッカー移動の費用も取られた。そんな親切なことしてくれなくてもいいのにと思うような金額であるし、おまけに、レッカー移動されたクルマが保管されていたのはすぐ近くの公共駐車場でその駐車料金もきちんと請求される。どこまでも親切な原宿警察署である。
■そのいやな気分を晴らすために小説を書いた。無我夢中で書いた。小説は、小説として単独で読んでもらいたいが、そういった状況で書いたことを考慮すると、どうしてこういう小説になったか不可解でもあり、ことによるとそうした状況が書かせたのかもしれないので、ひどく奇妙な気分になる。

■また前回と同じ池尻の公共施設で、『トーキョー/不在/ハムレット』の稽古があった。路駐はもうけっしてしない。三宿の交差点の近くにあるコインパークにきちんと駐車した。また、シェークスピアの『ハムレット』を読む。読み終えてまだ時間があったので、参加している全員がそれぞれ講師になり、自分が様々な場所で学んできた「メソッド」を教えるという稽古をした。様々な演劇観があり、様々な訓練法がある。面白かったし、あまり経験のない者にとってはいい経験にもなる。これからは稽古のたび、ストレッチ代わりに俳優の誰かが講師になってこういうことをしようと考えた。
■小説を書いていると、こうして小説を書くだけの隠棲するような生活をしたいと思ったりもするが、俳優たちに接すればこの面白さはほかではめったに得られない。だから、ワークショップに可能性を見いだせないでもついやってしまう。稽古から家に戻ると、小説の続きを書き、深夜になって完成した。もう少し書き直そうと思いつつ、ひとまず筆を置く。で、ようやく落ち着いて届いていた『群像』の最新号を見ると、青山真治さんが短編小説を発表していた。もう次の作品を書いていたのか。偉いなあ。あした読もうととりあえず、眠ることにした。
■なにかこのノートに書いておこうと思うことがいつもあるが、それはまた、あしたにしようとすると、忘れてしまうのだ。「またあした」はきっとないのだ。そのつどの、いま、ここであり、それがこのノートを書かせている。なにか書くことがあったんだよな。「レッカー移動」ですっかり忘れてしまった。そういえば「男優募集」がまだ途次であったため、すでに決まっている『トーキョー/不在/ハムレット』の出演者をはっきり書かなかったのだが、もうオーディションも終わったので書いてもいい。近々、オーディションの発表を受けて告知したいと思う。

(14:07 mar.7 2004)


Mar.5 fri.  「やる気ぜんぜんなし」

■ものすごく調子が出てきていたのだった。どうかと思うような昂揚である。小説を書いていたら次々と構想がふくらみ、これは大変なことになってきたと思い、筆を止めるのが惜しかったが、朝早く家を出て地下を見る仕事だ。なんどか断ったのに編集者がやけに熱心で、「五分だけでも地下を見てください」というので千駄ヶ谷に行った。で、地下のことなんかもうどうでもいい。帰ろうと思ったら停めてあったクルマがないのだ。レッカー移動されて、点数が3点だという。もうやる気がぜんぜんなくなった。このあいだ講習を受けて点数をゼロにしたばかりだったのでいよいよ落ち込む。五分だと思っていたんだ俺は。編集者に会ったとき、心配だから近くのコインパークに入れてくるとひとこと言えばすんだのに、言わなくて失敗した。そうこうするうちに二時間。なにに向かって腹を立てていいかわからず、ただやる気だけがなくなった。

(13:03 mar.5 2004)


Mar.3 wed.  「不在」

■取り急ぎ、二〇〇五年一月に公演のある『トーキョー/不在/ハムレット』と、そのプレ公演に関するお知らせのページを作ったものの、ほんとうに、お知らせ程度のものである。申し訳ないほど、大雑把だ。特に「プレ公演」の予定では、九月と十月の公演名が、「実験公演」と「準備公演」になっている。ほとんどなにもないに等しいのだが、まあ、漠然としたイメージはある。ほんとうに漠然としているのだ。
■でもって、スコットランドの劇作家デイヴィッド・ハロワーの作品『雌鶏の中のナイフ』(宮沢演出)の公演は、「三月十三日午後二時」からだ。きのう書いた告知にその数字がないことに、ついさっき気がついた。
■「テキスト・リーディング・ワークショップ」の日である。小説家の書いた戯曲を取り上げて読むのが今月のテーマだ。きょうは安部公房の『友達』。この戯曲は「登場人物表」が面白い。ひとりひとりの性格が書いてある。全体的には「不条理劇」になるのだろうと思うが、なぜか「登場人物表」だけが「近代劇的」だ。ここにこの戯曲の、どこか漂う曖昧さがあらわれていると思われる。で、演劇界で有名なのが、この戯曲を徹底的に批判した別役実さんの評論だ(『言葉への戦術』所収)。その批判のなかで別役さんは、『友達』の一部分を、こうするべきであると書き直している。それがきわめて面白い。そのことでわかることなど、さらに書きたいが、きょうはこれから「資本論を読む」の連載を書かなくてはいけないので、ここで中断。またあした。

(3:24 mar.4 2004)


Mar.2 tue.  「雌鶏の中のナイフ」

■驚くべきことに忙しい。やらなくてはいけないことがたくさんあることにようやく気がついた。1日(月曜日)は、世田谷パブリックシアター・トラムで公演されるリーディング『雌鶏の中のナイフ』の翻訳に関する最終的な打ち合わせが、夕方からあった。パブリックシアターの中にある稽古場だ。『トーキョー・ボディー』に出た、南波、淵野、熊谷の三人に手伝ってもらい、読み合わせするように戯曲を確認し少しずつ翻訳を直してゆく。翻訳をした谷岡さんの言葉のスタイルはシンプルで、その基本線がとてもいい。基本を崩さぬよう細かい部分で気になるところを直すといった作業だ。時間が足りるか心配だったが予定通りに10時過ぎに終える。で、その公演の情報を掲載させていただきたい。
ドラマ・リーディング21&シンポジウム 特集「劇場と劇作家」
 2004年3月12日(金)〜14日(日) シアタートラム
 新作を生むために、劇場と劇作家はどのように共働しえるのかをテーマに、
 スコットランドの“トラヴァース・シアター”から劇場人と劇作家を招いて、
 リーディングとシンポジウムを行います。

雌鶏の中のナイフ
 3月13日(土) 14:00
 作:デイヴィッド・ハロワー(谷岡健彦訳)
 演出:宮沢章夫
 出演:小田豊/宮本裕子/下総源太朗

*公演終了後、劇作家と演出家らによるトークあり

 ★シンポジウム(リーディング終了後)
「トラヴァース・シアターの活動:新作戯曲のためのスコットランドの劇場」
 出演:フィリップ・ハワード(芸術監督/演出家)
    キャサリン・メンデルソン(海外文芸担当)
    ニコラ・マッカートニー(劇作家)
    デイヴィッド・ハロワー(劇作家)
    宮沢章夫(劇作家/演出家/作家)
 チケット料金:全席自由1,000円 *発売中
 3日通し券2,400円(くりっくチケットセンターのみ扱い)
  *シンポジウムは無料。
   ドラマ・リーディングのチケットをお持ちの方はどなたでも参加できます。
 会場:シアタートラム
 チケット取扱:くりっくチケットセンター 03-5432-1515
        チケットぴあ 0570-02-9999

●トラヴァース・シアター Traverse Theatre
 英国北部、スコットランドのエディンバラに拠点を置く、新作戯曲の発掘・創造・上演のための劇場。スコットランドはじめ国内外の劇作家に新作を委嘱(コミッション)して執筆活動を支援し、戯曲創造のためのワークショップや、リーディングなどをおこなっている。また、学生や一般の人たちを対象にした劇作ワークショップにも力を入れている。毎年夏のシーズンはエディンバラ・フェスティバルの主要会場のひとつとして賑わう。

●作家について
 デイヴィッド・ハロワー David Harrower
 1966年生まれ。トラヴァースで初演された『雌鶏の中のナイフ』で劇的なデビューを飾り、同作品はヨーロッパ、アメリカなどで翻訳上演されている。以後、ロイヤル・コート・シアター、ロイヤル・ナショナル・シアターなどからも新作委嘱を受けて執筆。また、ビュヒナー、チェーホフ、ヨン・フォッセなどの戯曲の翻訳・翻案も手掛けている。

●作品について
『雌鶏の中のナイフ』  Knives in Hens(1995年)
 小さい村。人がまだ大自然に仕えていた頃。農夫の妻はある日、人殺しと噂される男の小屋へ粉挽きに行く。そこで生まれて初めてペンを見て、恐る恐る自分の名前を書く。その夜、女は男の幻覚に襲われる……。男女の愛と欲望を詩的なタッチで描きながら、言葉はどこから来てどうやって意味を持つかに目を向けた独創的な作品。

 といったことになっているので、できるだけ多くの方にご来場いただきたい。とても面白い戯曲だ。で、考えるに、どうして若い劇作家が17世紀から18世紀の時代を材に取ろうとしたかそれがひどく興味深く、つまり、ここにあるのは、若い劇作家と、ある年齢に達した俳優が出会うことが可能だという環境の問題だ。日本では若い集団は、自分たちが上演できるかどうかという条件が先に立ち、すると自ずと劇作家が扱うことの可能な「テーマ」や「素材」が限定されるのだろう。この環境を整備することがよりよい戯曲が生まれる可能性を広げる。あたりまえのことだ。そのあたりまえのことが、うまく機能していないのがこの国の演劇だ。

■で、2日(火曜日)は、未明から朝にかけ、「
MacPower」の原稿を書き、少し眠って、午後、河出書房新社から出る『文藝』の特別編集版、「阿部和重特集」に掲載される対談のために新宿に出かけた。対談したのは、音楽評論家の佐々木敦さんだ。『アメリカの夜』(講談社)から一作ずつ解読するという対談スタイルで、まるで文芸評論家みたいな仕事だ。こんなことになるとは思ってもいなかった。『ABC戦争』(講談社)のことが記憶から欠落している。たしか電車に乗っていて喧嘩するんじゃないかとかちょっとした記憶はあるものの、読み返す時間がなくて失敗した。で、一作ずつ話をし、三時間ぐらい話してから、ようやく『シンセミア』(朝日新聞社)にたどりついたころには、もうくたくたになっていた。もっとも話すことがあると思われる作品だが、二人ともどこか無口になっていた。
■話ができてよかった。喚起されることもとても多かった。なにより佐々木さんがいい感じだし。
■そのあと、永井と打ち合わせ。先日のオーディションの結果を決める。かなり悩む。だけど時間的にもう結論を出さなくてはいけないぎりぎりのスケジュールだ。さらに「ユリイカ」のYさんから電話があり、今後の連載の予定について話したが、結局、今月は「お休み」ということになったのだった。僕がとてつもなく忙しいことを配慮してくれたのだろう。ありがたい。で、一回休載し、そのあと「特別編」を書き、さらにその次の号で連載再開になる。それにしても、『資本論を読む』の単行本用のゲラのチェック、『青空の方法』の文庫版のゲラチェックなど、やらなくてはいけないことが多いことにあらためて驚く。驚いている場合じゃなかった。四月になると大学がはじまってしまうし、五月には『トーキョー/不在/ハムレット』のプレ公演第一弾、「リーディング公演」がある。めまいのするような日々は続く。

(16:48 mar.3 2004)


二〇〇四年二月後半はこちら → 二〇〇四年二月後半