今年の六月から体調を崩していた宮沢は、七月に入院、その後、心臓冠動脈バイパス手術を受け、二ヶ月病院暮らしでした。数多くの友人、知人に励まされました。ありがとうございます。仕事先のみなさまからも大きな助力を受けました。メールでたくさんのアドヴァイスもいただきました。手術は無事に成功。パワーアップして宮沢はこの秋、また戻ってくるでしょう。さまざまな宮沢批判や中傷など、ものともせず、そんなの知ったこっちゃねえよ、と悪態をつきつつ、さらに邁進する所存でおります。どうかよろしく。
『ニュータウン入口』(2007) より
Fとイスメネ、鳩
『ニュータウン入口』(2007) より
アンティゴネとイスメネ
『ニュータウン入口』(2007)より
坂庭とポリュネイケス
ニュータウン入口から Sep. 21, 2008
二〇〇六年は、『モーターサイクル・ドン・キホーテ』『鵺/NUE』と、はじめに企画が組まれた舞台で、その枠内からできるだけ可能な新しい試みをと考えて作品に取り組んだ。とても有意義な仕事をさせてもらったし、あるいは「戯曲を書くということ」について意識的に取り組むことにもなった。そして、二〇〇七年の遊園地再生事業団は九月に本公演のあった『ニュータウン入口』だ。
それからもう、一年が過ぎてしまった。
『トーキョーボディ』『トーキョー/不在/ハムレット』の路線に戻り、若い俳優を中心とした出演者たちとの共同作業だった。四月に「リーディング公演」、六月に「ワークインプログレス」。これは『トーキョー/不在/ハムレット』と同じ「作り方の試み」。けれど、同じことをやってもしょうがない。そこからまた異なる表現がなにかできないか。
考えることはまだあるはずだし、演劇の可能性をもっと拡大すること、演劇を通じて、作る側も、そして観客も意識を拡張するための舞台ができればと考える。本公演が上演された(三軒茶屋シアタートラム)九月の上演まで作業は続き、『トーキョー/不在/ハムレット』と同様、いくつかの試みとしてのプレ公演、ワークインプログレスを通じて作り上げた。
今回は、若松武さんをお迎えし、さらにオーディションによって集まった俳優によって様々な試みをした。その試みが、また誰からも理解してもらえなかったかもしれないし、いまの演劇の潮流からはまったく外れたところで作品ができていたかもしれないが、それはそれで、まあいいかなという気がする。それが二〇〇〇年代になってからはじめた、遊園地再生事業団の方法だ。つねに考えること、考え続けていること、その運動している状態自体が遊園地再生事業団と、宮沢の演劇へのアプローチだ。潮流から遠く離れ、だが、現在にコミットしつつ舞台を作ってゆこう。それは刺激的な試み。むしろ、作っている自分たちにとって作業それ自体が、刺激的な体験になることがもっとも必要とされる。
さらに、今年の四月、NHKの芸術劇場で『ニュータウン入口』(芸術劇場版)が放映されたが、「映像作品」として、なにかを作ろうという野心があった。舞台をどのように映像化するか、映像として記録を残すかにはさまざまな方法があるだろう。いま、こういうことをやりたかったという、NHKのNディレクターと宮沢との共同作業だ。機会があったら、どこかで観てもらいたい。
まだまだ、遊園地再生事業団の試行はつづく。






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